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吉良貴之 2012年度科学技術社会論学会・垣内賞受賞スピーチ

2012年度 科学技術社会論学会・柿内賢信記念賞

標記の賞を有難く受賞しました。
結果・選評の詳細は、学会サイトに掲載されています
 # JST-RISTEXサイトでご紹介いただきました(少し下にスクロール)。

奨励賞(30万円):
吉良貴之 「「科学裁判」から考える法と科学技術の変容」

【研究計画(抜粋)】

(1) 研究目的・研究計画

1. 研究目的と状況: 科学技術社会論における「法」

 本研究は科学技術社会論における「法」および「法的思考」の意義を明らかにすることを目的とする。具体的には、「現代型科学裁判」によって生じる「法と科学技術」の関係の変容のあり方を主に制度的な側面から描き出す。
 「法」は科学技術を規制(regulate)するとともに促進(promote)する、最も重要な社会制度である。しかし現在の科学技術社会論研究では、日本のみならず世界的に、Sheila Jasanoff, Science at the Bar, 1995 など一部の重要な例外を除き、法を中心とする社会制度と科学技術の関係に十分に焦点をあてた研究は少ない。公害裁判の分析など、判決やそれに至る社会運動を科学史的に捉える研究には蓄積があるが、それも外在的な分析にとどまるものが多く、「法的思考」の展開を内在的にたどったうえで「科学|技術的思考」との比較を行うものはほとんどないのが実情といえる。その理由としては、

 ◆① 現在の科学技術社会論研究者に法学的バックグラウンドを持つ者が少ないこと
 ◆② 従来の科学技術社会論において制度論の重要性が十分に意識されてこなかったこと

などがあげられる。②については科学知の社会構成主義的立場からの研究(いわゆる研究室研究など)の蓄積があるが、最重要の社会制度である「法」の分析が外在的なものにとどまる限り十分なものとはならず、極端に政治的あるいは相対主義的な「寄る辺ない」分析に陥りがちであった。
 社会制度はそれぞれに自律的な論理によって駆動しており、その動きを内在的に追いかけてこそ、科学技術との規制的|促進的関係のあり方も明らかになる。しかし、社会制度の中でも「法」は自律性がとりわけ高く、表に見える条文や判決を分析するだけではその独自の論理を追うことが難しい。法解釈の十分なトレーニングを前提とした上で、法律家の「暗黙知」「お作法」的なものも含めた法的思考を追う必要があるが、現在の科学技術社会論研究ではそういった「法」の側からの参入は少ないようである。

2. 申請者のバックグラウンド: 法哲学としての「法と科学技術」研究

 申請者は法学を専攻し、その中でもとりわけ法哲学と呼ばれる分野を研究領域としている。これは制定法や法解釈に関する一定の知識を前提とした上で、制度内在的に「正義」「人権」「民主主義」といった法的概念を考察する分野である。その一部は科学哲学とも接続し、英語圏を中心に近年勃興しつつある ”Law Ands”(法と○○)分野の1つである「法と科学技術(Law, Science and Technology)」をも射程に含んでいる。
 その学際的・領域横断的性格は科学技術社会論の精神とも大きく重なっているが、法哲学から考える「法と科学技術」研究の強みは、上述のような、外部者にとっては「秘儀的」「職人的」とも呼ばれ近寄りがたいものとされる「法」の論理を追いかけた上で科学技術との関係を考察できることにあるだろう。その意味で、本研究は科学技術社会論における内在的な「法と科学技術」研究に先鞭をつけるものであり、申請者のこれまでの研究はそれにあたって十分な知的資源を提供できるものであると考えている。

3. 科学技術に関わる「法」の切り分けと統合

 法と科学技術の関係を問うといっても、それはさまざまな形でありうる。暴走しうる科学技術を規制したり適切に管理したりする規制的(regulatory)な面もあれば、研究資源の適切な配分によって科学技術を促進(promote)する面もある。いわば、科学技術の抑制・管理・促進のあらゆる面に法が関わっているといえる。そしてそれは、法のサブシステムそれぞれにおいてまた異なったあり方を見せる。たとえば司法は個別的な紛争処理を任とする一方、立法は広範かつ一般的な抑制・管理・促進を担っている。そして行政は立法からの委任を受け、科学技術の「現場」に機動的に介入する。それぞれと科学技術との関係は、対象の個別性と一般性によって分けることもできるし(個別性:司法・行政、一般性:立法)、発動の柔軟性や機動性によって分けることもできる(速い:行政、遅い:立法・司法)。
 そのような分類はいくらでも細分化が可能であり、「法と科学技術」の「現場」を分析するにあたって明確な切り分けが必要であることはいうまでもない。しかし、過度の細分化は、法と科学技術の関係を総体として把握することを妨げてしまう。従来の科学技術社会論(特に科学史的アプローチ)における裁判分析などは司法の個別ケースに着目するあまり、分析の精緻化は可能になったとしても広がりをもった理論として法と科学技術の関係を定位することに弱点を抱えていた。そこで必要なのは、法のサブシステムの切り分けとその役割分担・諸特徴を十分に踏まえた上で、その有機的連関のもとに「法」を捉え返すことである。

4. 「現代型科学裁判」から始まる「法と科学技術」

 近年、「現代型科学裁判」と呼びうる訴訟類型が目立つようになっている。そこでは最先端の科学技術が争点になり、高度な専門的知見が必要となる。具体的には遺伝子組み換え作物、ナノテクノロジー、携帯電話の電磁波といった先端技術の人体影響を問うものから、原子力発電所の安全性や地球温暖化問題のようにきわめて複合的な知見が必要とされるものがある。
 ここで着目すべきは、いわゆる四大公害訴訟や医療過誤訴訟のような科学裁判の典型と考えられてきたものとの性格の違いである。それらは基本的に過去に起こった被害の賠償を求めるものである以上「過去の被害|現在の賠償」の司法的枠組みの中にある。それに対し、上述の「現代型」の各種の例は将来起こりうる不確実な被害を対象とするため「将来の被害予測|現在の予防」の枠組みにあるといえる。ここでは単に科学的不確実性が増すのみならず、従来の司法的枠組みを超えるがゆえに法的不確実性も増すことになる。科学技術の急速な進歩は、それを規律する法の側にも変容を迫っている。そのあり方を具体的な科学裁判の現場において、法の自律性と社会構築性の間の揺らぎの中で捉えることが本研究の重要な課題となる。
 また、「現代型科学裁判」はそこで争点となる科学技術が現代的であるというだけでなく、司法と他の法サブシステム(立法・行政)との関係が現代的ということでもある。それは司法の重要な特徴であった個別的性格が弱まり、行政や立法との有機的関連が強まっていく事態である。また、司法それ自体も類似ケースの判決の積み重ねによって徐々に見解を固めていくような事態も含まれる。司法は社会に存在する紛争を顕在化させる問題発見的な機能を有しているが、それが各種の社会運動に連結されることによって徐々に行政や立法での対応へと「上がって」いくこともある。その最大の成功例は先述の四大公害訴訟であるが、現在の「現代型科学裁判」は多かれ少なかれそういった社会運動および法システム間の有機的接合が最初から目指されているものがほとんどである。原発稼働差し止め訴訟を社会運動や立法・行政と切り離して単独で分析することにあまり意味がないことなどは典型的な例といえるだろう。
 「現代型科学裁判」は個別の紛争として完結するのではなく、社会を媒介することによって法システムの中の横のつながりを獲得していく動態的な過程そのものである。これは、問題となる科学技術が複雑になったがゆえに従来の「過去の被害/現在の賠償」の司法的枠組みでは対応しきれなくなり、立法・行政も含めた法システム全体での取り組みが必要になった事態ともいえる。いわば、科学技術の進歩は、「現代型科学裁判」を通して法の「三権」を問い直しつつ結びつけているのである。以上のように、最先端の科学技術は次の2点において法に変容を迫っている。すなわち、

 ◆① 時間的スパンの変容: 損害賠償型から事前予防型へ
 ◆② 役割分担の変容: 個別的救済としての司法から、法システム全体での対応へ

というものである。本研究はこの2点を軸として、さまざまな「現代型科学裁判」の具体的ケースを素材にしつつ「法と科学技術」のあり方の変容を描き出すことを目的とする。

(2) これまでの活動状況

 本研究に関わるこれまでの活動状況としては、科学技術振興機構・社会技術開発センター(JST-RISTEX)研究プロジェクト「不確実な科学的状況での法的意思決定」(2013年3月まで)に関わるものが主である。そこでは特に法律家と科学者が裁判においていかにして協力しうるかを考察してきた。両者は思考様式としては一定の共通点があるものの、①目的の違い(個別の紛争処理と普遍的な真理探求)、②報奨システムの違い(社会的コミットメントは科学者の業績にならない)などによって交流が妨げられている現状が明らかになった。それぞれの「科学観」「法律観」のすれ違いをまず可視化することが協力の第一歩であると考え、そのための「教材」として『法と科学のハンドブック』(全107頁)を発行した(公式サイト掲載)。申請者は全体のリライトを担当し、法律家・科学者の多様な意見を統合する中で両者の思考様式の共通点と相違点を身をもって理解することができた。
 その他、本研究計画に関わる研究活動としては、各種国内学会(科学技術社会論学会、日本法哲学会、応用哲学会)・国際学会(東アジア法哲学シンポジウム、および上記プロジェクト主催イベント)での発表と活字化がある(添付・業績一覧を参照)。特に重要なものとしては、先述の Sheila Jasanoff, Science at the Bar, 1995 の翻訳があげられるだろう。
 以上、これまではとくに法と科学の思考様式や制度の具体的なあり方に着目して研究を進めてきた。本研究は科学技術の進展がもたらす法システムの変容を主な対象とするが、そのための基盤構築は十分に進んでおり、スムーズな研究開始が可能である。


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